Lohasといえば、まず「ソトコト」ですよね。
まあ「ソトコト」は商標権までとったそうですから、だれもが勝手にLohasを名乗って「もの」をいっちゃいけないのかも知れません。
いや訴訟されたら大変ですから、なんかちょっと控えてしまいます。
もちろんそんな主旨で商標権とったわけではないと誰でもわかります。
でも、わたしだって、ほんとに真摯に(自分でいうのもなんですが)ロハスって何だろうって考えても、発表できないんじゃしょうがないですからね。
ま、発表しなくてもいいんですが・・・。
で、講座をやる会社にそのへん念を押しました。
「ロハスの講座をやったり、マニュアルというか講座のテキストつくったりしてもいいんでしょうね」と。
「ソトコト」編集長の小黒さんがLohasを広げて行くような活動を対象にした訴訟はしないと聞こえてきたので、テキストを書き出してまあ作業はおわりました。
「めぐるからだ」と「めぐる地球」をめざした暮らしってこと考えていて、瞑想や背骨ゆらしに至って、ロハスって「こころとからだの健康」「地球の健康」をめざした暮らし方のことだと気づいたわけです。
ようするにロハスって健康に生きるってことなわけです。わたしたちはみんな、いまのところ生きています。どうもそれがヤバくなってきた。どうもいままでのやり方では、「健康に」はもとより生き続けるのすら難しいかもしれない。
どうしてこんなことになったのか?
農薬は農業を豊かにしたか? 工業型農業、大規模農業はわたしたちを飢えから救ったか? 産業革命は人々を幸福にしたか? 化学は人々を健康にしたか?
日本が世界最大の農薬消費国だってご存知ですか? コンビニ食は添加物てんこ盛りなのご存知ですよね。 ファミレスや高速道路のサービスエリアのレストランは工場でつくった料理を運んでレンジでチンするレンジ産業のようです。(ファミレスは確認したことありませんが)
医薬品やふつうの市販化粧品は原油由来のナフサからできているそうです。
わたしたちは、暮らしを「産業」に明け渡したのです。まず、暮らしの足元を見てみる。LOHASの第一歩はそれでいいのじゃないかと、わたしは思っています。
Life-style Of Health And Sustainable 頭文字とってLOHAS。ロハス。
じつは、わたしはあんまり好きな標語ではない。講座マニュアルを書きながらこういうこといっちゃいけないね。
よーするにわかりにくい。なんでも横文字ってのもいかがなもんかと思ったので、とにかく日本語でいうとどういう意味なのか考えました。
訳すと健康的で持続可能な暮らし方ってなってるけど、それでも一体なにいわれてるかわかりません。持続可能性っていわれてもねえ。みこすり半でしたから、そりゃあ切実な問題ですがね。わかりずらい。
で、まあ持続可能なエネルギーだったら、石油じゃなく薪だというくらいはわかります。薪は大きくなるまでにCO2で光合成してますから、燃やして排出するCO2もほぼ同量か少ないくらいだそうです。とりあえず間伐材を間引きして森の生育環境を整え、それからは切ったら植えるようにすればいい。50年サイクルの循環するエネルギーにしようってことです。
待てよ、循環するといえば、血液も気もそうです。気を滞らせない、気を流すのは健康の要です。ということは、健康的と持続可能性は同じことなんですね。
血液サラサラに。気もためないで流れをよくする。ついでにお金も想いもためない。ためないためにできるのは、「いま、ここ」に集中する瞑想や背骨ゆらしです。
おかげで、背骨ゆらしはかれこれ5年くらい毎朝やってます。半身不随でできることといえば、いろいろありますが、健康な人ほど多くはない。人はできることやるしかないですからね。三日坊主がよく続いたもんです。
毎朝背骨ゆらしやってると、瞼の裏の光を見たり、鳥のさえずりに耳をすましたり、ときどき頭に浮かんだことや言葉に集中します。
頭をからっぽにする瞑想状態のときもあります。からっぽにすると世界が入ってきます。「流れをよくする」基本はまず吐いて空にするという呼吸法とおなじです。
そんなわけで、このLOHAS 講座マニュアルは流れをよくする背骨ゆらしの瞑想から始まるわけです。
こんなLOHAS聞いたことありますか?
いまいちばん大変なのは健康的な暮らしです。とくにストレスですね。それも人間相手のストレスです。
こっちのほうは上野圭一さんの『私が治る12の力 自然治癒力を主治医にする』で、だいたい一段落したんですが、んーん、この本が難しいと言われてちょっと頭を悩ましていました。