94歳になる母が、いきいきと話し出した。
幼い頃、多分小学校時代だろうか定かでないが、橋から滑り落ちて川にはまったときのことである。
「あー、これでおしまいだ」と落ちながら一瞬思ったそうである。
幸い川はそれほど深くなく、溺れ死ぬこともなく、九死に一生を得て川岸にたどりついた。
片方の革靴をなくしただけで無事にグズベリーのなるいばらの薮を抜けて、家の灯りに迎えられるように帰ったのだそうだ。
「あのとき死んでれば、今みたいに94迄生きて早くお迎えがこないかと思い煩うこともなかったのに」。このとき、母は寿命を悟ったようだ。
一番奇妙なのは「家に帰るとき心にあったのは、母様に叱られないかということだけ」と言う。
革靴は当時高価なものだったとはいえ、「母様に叱られないか」だけが気になったというのだ。
母にとっては忘れられない事件だったようだ。
その川も家も今はダム湖の下になってしまった。
母のふる里は犬牛別。と言っても誰も知らないだろう。
JR北海道で北の果て、士別のひとつ手前にある剣淵から数キロのところにあったようだ。今ではその名は地図にものっていない。
川辺川ダム、八ツ場ダム、ダム開発にはじめて待ったがかかった。
日本の北の端のダム湖にもこんな思い出が埋もれているのだ。
コメント (0) »
この記事にはまだコメントがついていません。
コメント RSS トラックバック URI
コメントをどうぞ